月一コラム第十八弾!令和3年5月号

 第204回通常国会では、健康保険法改正等の審議が行われていますこの改正案が成立すると後期高齢者のうち一定年収以上の方の医療費自己負担が1割から2割に上がることが注目を集めていますが、私は法案審議の中で、特定健診(メタボ健診)の運用改善を提言しました。

 そもそもこの特定健診(メタボ健診)とは、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)に相当する人を見つけ出し、その人たちに「特定保健指導」を行い、生活習慣病(糖尿病や高血圧、高脂血症等)の発症や重症化を予防しようという取り組みで、2008年4月より40歳~74歳の保険加入者に対して行われています。

 へその高さの腹囲が男性85㎝、女性90cm以上の人のうち、血圧・血糖・血清脂質の3項目のうち2項目以上が基準値を超えている人は「メタボリックシンドローム」と診断され、「特定保健指導」と呼ばれる保健指導を受け、生活習慣改善等に取り組むことになります。
 
 私が国会で取り上げた内容は「本当にこれだけで良いのか?」という問題提起です。
 
 これを理解してもらうには、なぜ「男性は85cm」「女性は90㎝」以上という基準になっているのかという理由を知る必要があります。よく「男性にとって厳しく、女性には甘い基準じゃないか」と言われます。

 まず、皆さんに診察をしている医師の気持ちになっていただきたく思います。

 「血圧が150/95mmHg(正常130/85以下)、中性脂肪が200mg/dl(正常150以下)、空腹時血糖値が130mg/dl(正常110以下)」のような、ほんの少し生活習慣病に足を踏み入れているような患者さんがおられた場合、皆さんならどのような診断・治療を行うでしょうか?

 おそらく医師によって対応が異なると思います。

 

  • 生真面目なA先生「どの値も基準を超えているので、血圧と中性脂肪、糖尿病の薬を処方しますから飲んでおいて下さい」
  • おおらかなB先生「まあ、どの値もそんなに悪くはないので、食事と運動に気をつけてしばらく様子を見て下さい」

 

 このA先生とB先生、どちらの対応が正しいのでしょうか?答えは「その患者さんの置かれている状態次第で異なる」ということです。では、どういった場合、A先生が正しくて(薬を出すべきで)、B先生の対応(薬は出さずに生活習慣を改善させることを優先する)が正しいのでしょうか?実はそのボーダーラインについてはあいまいで、一昔前まではそれぞれの医師の経験と勘に頼っていました。

 そこでその「ボーダーライン」を定めるべく、色々なデータを分析して検討した結果、腹囲が「男性85㎝、女性90cm」以上の「太め」の場合には薬を出す前に生活習慣を改善すれば検査結果も良くなる可能性が高く、腹囲が「男性85㎝、女性90cm」未満の「やせ型」の場合には食事療法や運動療法を頑張っても良くなる可能性はあまり高くないので早めに内服等の治療をすべきであるということが分かってきました。つまりこの「男性85㎝、女性90㎝」という腹囲の基準は、この値未満の「医療機関で早く治療を開始しないといけない患者さん」を診察室で簡便に見つけ出すためにつくられたのです。

 しかし2008年4月から行われている特定健診(メタボ健診)ではこの値以上の「ダイエットをすれば良くなる可能性が高い人」に焦点をあてて徹底的に保健指導を行うこととなりました。結果的に「いますぐ診療所や病院で治療をしなければならない、やせ型の生活習慣病(高血圧や糖尿病、高脂血症等)の患者さん」はあまり保険者からフォローされないことになってしまったのです。この腹囲が「男性85㎝、女性90㎝」未満の検査異常値の方に急いで医療機関に行ってもらうことが、実は「特定保健指導」を行うことと同じくらい大切なことなのです。厚生労働省も国会審議の中で「その問題意識はまったくその通りです」と答弁しています。

 要するに皆さんが「メタボリックシンドローム」と診断されたら「生活習慣に気をつけて、食事療法や運動療法を頑張れば、まだ良くなる余地が残っている」と喜んで欲しいのです。逆に腹囲が「男性85㎝、女性90㎝」未満にも関わらず検査データが悪い場合は「メタボリックシンドロームではない」と診断されますが、「生活習慣の改善だけでは良くならない可能性が高いので、すぐに医療機関を受診しないと大変なことになる」とその時ほど心配してほしいのです。

 国が進める健康政策も、なぜそのような政策を進めているのかの背景を知っていただくことがとても大切だと思います。

 

梅村 聡